HKT48 × 大人のカフェ コント劇『恋のストラテジー!』福岡凱旋公演

 HKT48大人のカフェによるコント劇『恋のストラテジー!』福岡凱旋公演を観ました。存在だけは知っていたけれど初めてのコント劇。そもそもコント劇って何よ? というところからのまったく何も知らない状態から観たのですが、面白かった…!! 一本の大きなストーリーを軸に、一見無関係な様々なコントが最終的に収束していき大団円に至る流れは爽快だった。なるほど、これを観た今ならば、豊永阿紀さんの書いた『不本意アンロック』の脚本が、話のまとめ方においてコント劇から影響を受けていたことがよくわかる。

 

 片想いの相手をどうしても振り向かせたい豊永阿紀さん演じる主人公の柚月は、周りのドタバタに巻き込まれ、青春ラブストーリーの主人公だったはずがどんどん状況が混沌としていく。最終的にというか計画通りというべきか、柚月はコント劇の主役としての自分を受け入れて前に進む。その波瀾万丈な展開は、あるときは脚本を書いたりまたあるときは流鏑馬をしたり、なんでこんなことをしているのか冷静に考えるとよくわからない状況になりがちなアイドルという仕事を彷彿とさせる。そんな何でもやらされるのがアイドルであるように、HKTメンバーはコント劇でも様々な役に挑戦している。

 

 それに応えたHKT5人は素晴らしかった。主演の豊永阿紀さんはもちろんのこと、下野由貴さん坂口理子さんは安定感抜群で頼もしかったし、今村麻莉愛さんの慈悲深い佇まいはまさに高崎の観音様のようでもあった。そしておそらくは観た誰もが思ったように、上島楓さんが素晴らしかった。公演回数を重ねる毎に演技の切れ味が鋭くなっていった。

 

 私は上島楓さんの、絶対に失敗しないように常に気を張っているのがよくわかる佇まいが好きだ。単純に初々しいでは片付けたくない、彼女自身の芯の部分に立脚している集中力を感じて、彼女の真剣な姿勢が表れていた。そして向上心がある彼女だから周囲の先輩の影響を受けて、笑いにも積極的に挑んでいく姿がかっこよかった。ずっと緊張していただろうけど、自分からネタをぶっ込んでいき、やりきる精神力が素晴らしかった。

 

 上島さんが麗美やコントをやりきることが出来たのは、ほぼHKTのファンしかいない客席が暖かく見守ってくれていたからだろう。失敗しても大丈夫な環境があるから、あそこまで渾身のネタをやりきることが出来た。それでもファンの優しさに甘えようとしないで、自分が出来る精一杯の完璧を目指そうとする気概が舞台の上の上島さんには常にあって、それがとても凛々しかった。

 

 私はこのコント劇を3回観て、千穐楽を除く2回のアフターコントがどちらも上島さんが出るコント『不本意レミROCK YOU! ~麗美ちゃんだって恋に落ちるんです。~』だった。その1回目を観たときも面白かったけど、2回目のときは1回目を超えて桁違いに面白かった。上島さんの台詞の言い出しのタイミング、動き出しのタイミングが完璧すぎて爽快だった。そこには完全にゾーンに入っている上島さんがいた。まさに集中力の賜物という感じで素晴らしかった。

 

 アフターコントの上島さんが素晴らしかったのは、相手役の今村麻莉愛さんがしっかりと育ちの良い女子を演じていたからということもある。だからこそ天真爛漫な今村さんと腹黒い上島さんとの対比がくっきりと表現出来ていて、両者の別ベクトルのエキセントリックさが面白かった。

 

 アフターコントも面白かったが、本編のミニコントでいうと私のお気に入りは『連鎖中継』と『アビリティスタッフ』だ。話の構成で勝負というか、提示した不思議な世界を最後にくるっと捻りを利かせて笑いで締めるのが好きです。SFショートショートっぽくて、星新一感があった。千穐楽は最後列で観ていて、私の真後ろで田島芽瑠さんが笑いまくっていたのだけど、アフタートークで何故か舞台に上がってきた芽瑠ちゃんもこの2作品を推していたので、読書家の芽瑠ちゃんと気が合うようでうれしかった。

 

 ミニコントもたくさん笑ったけど、唯一『ADの堀部』だけはだめだった下野由貴さんが怒鳴るこのコントだけはどうしても居た堪れなくなって辛い。私は下野さんのメールを取っていて、先日『すばらしき世界』を絶賛するメールが届いた。私も最近観た映画では『すばらしき世界』が断トツで感動した映画だったので下野さんと感想戦したい今日この頃だが、『ADの堀部』を観ていると、この映画の重要なシーンを想起してしまって、私は心穏やかではいられなかった。下野さんは演じていて何か思うところがあったりしたのか、それともこれはこれと割り切っていたのか、はたまた全然結びつかないのか、私は気になっている。

 

 しかし書きながら思い出したけれど、全般的に下ネタは笑えませんでしたね

 

 また別の映画の話になるが、コント劇の前に私は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を観た。やっとエヴァが終わった(私の中では既に終わっていたけれど)。そこからのコント劇のエヴァネタだったので、伊達さんと庵野監督のシンクロ率に笑ってしまった。第3の目や地下施設など考察させたそうな仕掛けはエヴァだし、『E=mc2』の謎の博士集団はゼーレですよね。巨大化する剣也くんは使徒化したエヴァであり、夕日を背に歩くのは完全に特撮へのオマージュだった。だとするとその剣也くんを救う柚月はまさしくマリであって、そう考えると柚月もとい豊永阿紀さんはいかにもマリだ。どんな時でも明るい鼻歌を歌いそうで、意味深な言動も多くて、なんとなく重要そうなキーパーソン。豊永さんはマリだったのか

 

 上島楓さん絶賛ブログになりかけていたけれど、やっぱり私は豊永阿紀さんが好きなので、やっと豊永さんの演技を観られて感無量だった。周りに振り回され主人公として悩みながらも突き進む柚月は豊永さんにとても相応しい役だと思える。

 

 豊永さんについて、ずっと自分は彼女のことをバリバリの主人公気質、先頭に立って進む人なんじゃないかと勝手な想像をしていたのだけど、好きになって追いかけ始めたら、稀に脇役志向を見せる瞬間があって驚いたりした。showroomではよく親しい人の子供達の優しいお姉さんポジションに収まりたいと言っていたり、自分を主人公の親友と例えるツイートもあった。これは偶然だけど豊永さんのやったミニコント『アビリティスタッフ』も引き立て役だ。それが新鮮で不思議でもあり、主人公っぽいというのもアイドルとしての彼女を見ての幻影のような気にもなってくるし、考えれば考えるほど豊永さんのことがわからなくなる。そのわからない部分の深さが彼女の魅力だと思って私は好きなのだけど

 

 しかし『恋のストラテジー!』を観たら、やっぱり豊永さんは主役が似合うなとあらためて感じた。真ん中で輝いていた。柚月の過去の行動が巡り巡って、立ち止まりかけた柚月の背中を押す。おそらくだが柚月はまなを助けたことを覚えていない。他人に優しくしてもそれを忘れなさいとはよく言うけれど、そうやって相手の心にだけ残った記憶が人を輝かせて見せる。まなの柚月へのキラキラして期待のこもった眼差しは、アイドルファンのそれと同じだ。柚月を演じる豊永さんはアイドルだけど、アイドルも本人の及びもしないところで感謝されていたりする。何気ない握手会の一言や、意識すらしていなかったかもしれないライブ中のレスが誰かを救ったりする。それは豊永さんに限ったことではないが、意識せずに人を救いまくっている豊永さんが柚月を演じているのがとても相応しいというか、身体と服がぴったり合うような感覚があった。

 

 ただ、こうやって書けば書くほど豊永さんの魅力が狭まっていくのではと感じて悩む。誰かについてこういう人だよねと枠に押し込むように書きたくはないけれど、文章にするとどうしても言葉がフレームになり見え方が限られてきてしまう。私の手の平は粗いザルだから、オーロラのような何色にも見える豊永さんのきらめきが言葉で掬いとれない。自分で書いていて、わかった感じになってしまうのは錯覚だし、言語化の過程で零れ落ちてしまう微かな欠片にこそ豊永さんの素晴らしさがあるのではとよく思う。

 

 とまあ、終始笑えて面白かったコント劇だったのだけど、手放しで最高と断言するのを躊躇う自分がいる。それは面白ければ面白いほど、会場が笑いで盛り上がれば盛り上がるほど、自分とその場に距離を感じてしまったからだ。コント劇はまだ自分がHKT48を取り巻くコミュニティーに入り込めていないことを気付かせてくれた。

 

 会場には私みたいな初見のお客は皆無のようで、コント劇に毎回通っているようなお客ばかりな客席の雰囲気だった(実際そんなこともないと思うけれど)。みんな笑いどころでは誰よりも早く手を叩いて笑うのを競っているようでもあり、私自身そんな周りの貪欲に笑っていこうという勢いに気圧されてしまった。アドリブはともかくとして、演者の失敗も楽しむような雰囲気があるのは本当に通い詰めた人しかいないのでは思われて、なんだか限界現場に来てしまった感もあった(何度も観ればそういう気持ちにもなるのはよくわかります)。正直、初めて観たコント劇は、コントだからということもあるのか、今まで観たどんなアイドルの演劇よりも緩い雰囲気があった。

 

 演者側もリピーターが多いのをよく認識していて、だからこそ毎公演少しずつ変化させていて飽きさせないようにしていた。私も2回目を観て、やっとコント劇の楽しみ方をわかってきた。2回目3回目と観る毎に自分の中で面白いという気持ちも大きくなっていった。しかしそれでも、お客を笑わせるハイコンテクストなHKTネタに自分が全然ついていけなかった。悲しいけれどそこまで外向きの訴求力がないと思われるからこそ可能な内輪ネタが散りばめられていて、それに爆笑する周囲のお客との温度差に寂しくなる。HKTのライブを見ているときにはあまり感じることのない疎外感がコント劇にはあった。長年に渡る信頼関係が成せる閉じた社会が出来上がっていて、そこに参加するには自分の熱量がまったく足りないことに気付いた。

 

 とはいってもよくよく考えたら疎外感は普通の生活でも感じている自分がいるわけで、何もHKTに限ったことではないのかもしれず、難しい。もちろん自意識過剰といえばそうかもしれないし、気にしなくてもいいのかもしれない。しかしコント劇は特に内向きの強い作品だったので、殊更に輪の外にいる感覚を感じ取ってしまった。

 

 またコント劇に関しては、私はゲーム「栄光のラビリンス」をやったことがない引け目を感じているので、それも一因だろう。安くはないチケット代を払ってはいるけれど、やはりラビリンスのイベントに参加したかどうかでコント劇への思い入れは変わってくるはずだ。

 

 そもそも自分はアイドル同士を競わせるイベントが本当に好きになれなくて、出来るだけ避けて生きてきた。課金イベントの過密スケジュールで心を擦り減らした表情を見てしまうと、好きな人でも嫌いになってしまいそうで、そのような期間だけは距離を置くこともしてきた。それだと48系のオタクには向かないよと言われればその通りです。所詮趣味なので自分が苦しくならない程度で楽しみたい。そこで社会性のあるオタク、HKTの既に成熟しきったコミュニティーにもするっと入り込めるオタクなら、しっかり推しのために頑張れるのだろうと思うが、自分はそこまで器用にはなれない(なりたい)。しかし豊永さんのファンにとってラビリンスは避けて通れない道なので覚悟は決めています(そういえば深夜のインスタライブの#トヨタイムで笑ったことを思い出したしその頃は完全に他人事だった)。

 

 自分自身の問題はともかくとして、初めて観たコント劇はとても楽しかった。信頼し合っている座組だからこそ出来る自由奔放さがあって、生き生きと演じるHKTの皆さんが素晴らしかった。そして初めて観た演技する豊永阿紀さんは舞台の上でもとても輝いていた。本当に主役だった。おそらくそこにいたほとんどの人がグッときたであろう、まなから柚月へのコント劇の主役を託す台詞について、新参の私は周りのお客ほど感慨深く受け取れなかったし、過去を想像するぐらいしか出来ないけれど、最後の挨拶での豊永さんの晴れ晴れとした表情を見たら、彼女の歩んできた道が彼女を支えて今に至っているのだなと実感出来て、このまま突き進んでいってほしいと願ってしまう。豊永さん最高だった。素敵な作品をありがとうございました。